まほらの天秤 第22話 |
「森に、悪魔が?」 何の話だろうと、僕は思わず敬語を忘れて聞き返した。 「そうなんです、悪魔がいるんです」 真剣な表情で訴えてくるのだが彼女の話しはいまいち理解できず、思わず視線をクロヴィスとコーネリアに向けた。どうやら三人はここお茶会をしていたらしく、テラスに置かれたテーブルの上には三人分のカップが置かれていた。 ルルーシュに別れを告げ駆け足でここに戻ってきたのはいいが、森を抜け屋敷に近づくとユーフェミアが呼んでおり、出来れば汗を流してからが良かったなと内心思いながら近づくと、開口一番「あの森には悪魔がいるのでもう行かないでください」と、青ざめた顔で言われたのだ。 それで理解しろと言われても困る。 「なに、悪魔と言っても近寄りさえしなければ問題はないからね。明日からはあちら側の森へ行きなさい」 クロヴィスは厳しい表情で、今出てきた森とは逆側を指さした。 「ですが、自分は」 鍛錬とは口実で、実際はルルーシュに会いに行っているのだ。 逆の森に行く理由はない。 ならば、荷物を探しているという口実を使おうと思ったのだが。 「もし荷物を探しているというならば、後日こちらの人間を探しに行かせよう。いいね、悪魔の住むあの森に入ってはいけないよ」 「・・・悪魔とは、何でしょうか?」 森、悪魔。 まさかとは思うが、自分の乏しい想像力では答えは一つしか浮かばず、思わず低い声で尋ねると、三人とも視線をそらし口ごもった。 その態度は、人には言えないやましい事があると言っているようなものだろう。 「迷信の類でね、この森には昔から悪魔が出ると言われているんだ」 クロヴィスがまことしやかに説明するが、嘘だということぐらいすぐ解る。 これでも世界相手に嘘を突き通した世紀のペテン師、悪逆皇帝の唯一の騎士であり親友だったのだ。この程度の嘘を見抜く事は容易い。 更に言うなら世界を騙し続けた偽りの英雄ゼロだったのだ。 自分を騙すなら、世界だけではなく後の歴史をも全て偽る覚悟が必要だ。 「もう一度お尋ねします。悪魔とは、何でしょうか?」 目を細め硬質な空気を纏ったスザクに、三人は息をのんだ。 彼との接触を怪しまれるかとも思ったが、きっと彼らの平和ボケした頭なら騎士であるスザクが主の身を守るため、悪魔と言う単語に反応したと考えるだろう。 本来であれば軽く笑って受け答えするべきだが、笑うだけの余裕はすでに無い。 心の奥底で燻ぶる怒りが今にも爆発しそうで、それを抑える事しかできなかった。 悪魔。 あれだけの事を彼にしておきながら、悪魔と呼ぶのか。 偽りの歴史に踊らされただけではなく、まだ罪を犯していない彼にあれだけの仕打ちをして、まだ虐げるのか。 研究を隠すために虐殺命令を出したクロヴィスが。 ブリタニアの魔女と呼ばれたコーネリアが。 ・・・過程はどうあれ、虐殺皇女と呼ばれたユーでミアが。 過去に、生まれる前に罪を犯したのはルルーシュだけではない。 それなのに、彼だけを責めるのか。 クロヴィスの話を信じていないスザクに、コーネリアは深く息を吐いた。 「枢木、森の中でダールトン以外に誰かと会ったか?」 「いえ、ダールトン先生にしか会っていません」 「そうか、ならばいい。あの森には、我々が悪魔と呼ぶ存在が住んでいるのだ。迷信ではなく、今もあの森に居る」 忌々しげに森を睨みつけながらコーネリアは吐き捨てた。 その言い方で、ダールトンが彼の名を口にするのを避けた理由が解った。 彼が教えないでほしいと鈴を鳴らした意味も解った。 彼は悪魔と呼ばれる事はあっても、人としての名を呼ばれる事はなかったのだ。 もしかしたら、名前をつけてもらえなかったのかもしれない。 人として、認められてさえいないのか。 何て、酷い。 「悪魔・・・それは人ですか、獣ですか」 「・・・人だ。黒い服を着ているからすぐに解るだろう。もし見かけても近づくな。すぐに逃げる事だ」 あの場所に住む、黒い服を着た人。 ああ、間違いない。 悪魔とは彼の事だ。 彼はここで、こんなに歪んだ視線を向けられていたのか。 「その悪魔は、何をしたのですか」 なぜ、悪魔と呼ばれているのですか。 その問いに答えたのはユーフェミア。 「今はまだ何もしていません。何もできないよう、すでに手は打ちましたから。だから安心してくださいスザク」 貴方が警戒するような事は何もありませんよ。 ユーフェミアは、愛らしい笑顔と共に、残酷な言葉をこぼした。 --何もできないよう、すでに手は打ちましたから。-- その言葉に、心が冷えていくのを感じた。 これは、数百年前のあの日にも感じたもの。 行政特区日本。 あの日の映像はニュースでも、ネットでも幾度となく取り上げられた。 だから、いやでも目にしたのだ。 彼女の宣言を。 --日本人の皆さん、死んでいただけませんか?-- 笑顔と共に、耳を疑うような言葉をこぼしたユーフェミア。 その姿が、今のユーフェミアと重なった。 悪意のかけらもない笑顔で、人々を虐げたユフィ。 慈愛に満ちた笑顔で、彼を虐げるユーフェミア。 「・・・手を、打ったとは?」 あの日のトラウマがフラッシュバックを起こす。 彼女の笑顔を見ていられないと、俯きながら尋ねた。 解っている事だ。 彼をあの森の中に閉じ込めた事。 そして彼の体を焼いた事。 声を、奪った事。 それ以外、あるはずがない。 ああ、知っているのだこの館の者たちは。 彼が何をされたのかを。 それを知り、彼を森へ追いやって自分たちはこの楽園で笑っているのだ。 ああ、なんてブリタニア皇族らしい生き方だ。 人を虐げて、その上に君臨していたブリタニア皇族。 人々の屍を築きながら、その上で優雅に暮らしていた皇族達。 生まれ変わっても尚、その気質は変わらないのか。 あれだけの事をしているのに、こんなに邪気のない澄んだ笑顔を向けるのか。 「それは枢木が知る事ではない。我々は、悪魔をあの場所に封じている。今のままでは何もできないが、扱いを間違えばあの悪魔は世界に仇成す存在となるだろう」 自分たちがやったことに間違いはない。 自信に満ちたその言葉。 彼を封じるため自由を奪った事は正しいのだと、そう言っているのだ。 ああ、ルルーシュ。 君の罪は、嘘が上手すぎた事だ。 これほど長く、その歴史を欺き続けた事だ。 その結果、君は罪のない君自身にまで偽りの罪を背負わせている。 本来その罪を背負うべき者たちに虐げられて。 それとも悪の象徴となった君は、未来永劫苦しみ続けるというのか? これが、君が世界にギアスをかけた代償だというのか? 君は、この生でも生贄として捧げられるのか、世界に。 「いいね枢木、悪魔に近づいてはいけないよ」 考え込んだスザクに、クロヴィスは念を押す様に告げた。 「・・・イエス・ユアハイネス」 騎士の礼をとり、是と答えたスザクに満足したのか、三人は柔らかく微笑んだ。 |